だ村井長庵がまごまごしているのを見て、
「長庵、今は帰れぬ。一まず、こっちへはいれ。はいって、雨止《あまや》みを待つがよい」
「へいへい」
長庵と、長庵を送りに立った小姓とが、山城守の言葉に甘えてお部屋へ逃げ込もうとしていると、雨は一そう激しくなって、地面を打ち、樹々《きぎ》を叩いて、障子にも、ポツリ、ポツリ、大粒な水のあとが滲《にじ》み出している。
遠い縁のはずれで、にわかに雨戸《あまど》を繰り出す大勢の声が、立ち騒いで聞えていた。
と、この時、雨の吹きこむ縁側を用人の一人がいそいで来て、障子をあけるなり、
「殿様」
「何じゃ」
「下谷長者町筆屋の伜《せがれ》幸吉と申す者が、急なお眼通りを願って参上いたしました」
「なに、筆屋のせがれ幸吉が参った?」
山城守と長庵は、ちら[#「ちら」に傍点]と眼を合わせた。長庵が出《で》しゃ張って、口をきいた。
「おや、幸吉さんが――ハテ、何か急用でも出来いたしたのでござりましょうか」
「まあ、会おう。これへ」
山城守が用人に命じた。
間もなく、下谷からこのやきもち[#「やきもち」に傍点]坂《ざか》までひた[#「ひた」に傍点]走りに駈《か
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