や鼻を詰《つ》まらせていた。が、ふたたび戸の向うへ、
「どうですい神尾さま、お聞きになって下せえますか」
「――――」
 喬之助は答えない。考えてでもいるのか――いや、これも、こみ[#「こみ」に傍点]上げて来る涙を、飲み込もうと努力しているらしいのである。
 戸の両側に、湿《しめ》やかな沈黙《ちんもく》がつづいた。
 やがて、喬之助の低声《こごえ》が聞えた。
「厭《いや》だ。厭でござる」
 壁辰は、がらり、調子が変った。
「不承知――と言うんだな」
「種々御忠言は深謝《しんしゃ》仕《つかまつ》るが、拙者には、いま申したような用がござる。妻や弟の難儀《なんぎ》なぞ、致し方ないと諦めるばかりだ」
「そうか。これだけ言ってもわからねえのか。よし! なら、仕方がねえ! たとい、あっし一人がここで眼をつぶって、お前《めえ》を出してやったところで、そのシャッ面《つら》を眼当てに、いま江戸中の岡っ引きが、眼を皿のようにして歩き廻っているんだ。ここを一歩出るが早《はえ》えか、いずれは他《ほか》の者に感づかれて、御用の声を聞くにきまってる――それに、私《わたくし》の情はとにかく、おめえはお尋ね者、あっし
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