陽気《ようき》に聞えて来ていた。
 長者町の筆屋の店頭《みせさき》は、さすが町内第一の豪家《ごうか》の棟上げだけあって、往来も出来ないほど、一ぱいの人集《ひとだか》りだ。紅白《こうはく》の小さな鏡餅を撒《ま》く。小粒を紙にひねったのをまく。慾の皮の突っ張ったのが総出で、それを拾おうというのである。
 二階の足場に、三|宝《ぼう》を抱えて立ち上った出入りの棟梁《とうりょう》が、わし掴みに、下を眼がけてバラバラッ! とやるごとに、群集は、押す、蹴《け》る、潜《くぐ》る――果ては、女子供が踏まれて泣き叫ぶ。他町の者の顔が見えるといって喧嘩がはじまる。いやどうも、大変な騒《さわ》ぎだ。
 檐《のき》には、四寸の角材《かくざい》に、上下に三本ずつ墨黒ぐろと太い線を引いた棒が、うやうやしく立てかけてある。棟上げの縁起《えんぎ》物だ。まん中に白紙を巻いてしめ[#「しめ」に傍点]繩を張り、祝儀《しゅうぎ》の水引きが結んである。そのほか、この角材には、色んなものがぶら下っているのだ。まず、鏡、櫛《くし》、笄《こうがい》、かもじなど。それに、黒、緑、赤、黄と、四色の木綿片《もめんぎれ》が、初荷の馬の飾りの
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