ある。それも、斬《き》ったの張ったのという生易《なまやさ》しいのではなくて、お目出度い元日に、組頭の首が一つ脱《と》れて飛んだのだから、大変なさわぎになったのは当然である。殿中では、何の意味もないにしろ、鯉口《こいぐち》を三寸|寛《くつろ》げれば、直ちに当人は切腹、家は改易《かいえき》ということに、いわゆる御百個条によって決まっているのである。すこしでも刀を抜いているところを見付けられでもしようものなら、弁解《べんかい》も何も取り上げられずに、そのまま平河口《ひらかわぐち》から網乗物《あみのりもの》に抛《ほう》り込まれて屋敷へ追い返されることになっているのだ。そこへ、刃傷も刃傷、一役人の首が文字どおり飛んだのである。しかも、下手人《げしゅにん》らしく思われる者は、その場から逐電《ちくでん》して影も形も見せない。番頭脇坂山城守は、不取締りの故をもって一件|落着《らくちゃく》まで閉門謹慎《へいもんきんしん》を仰せつかっている。番士一同もそれぞれ理由に就いて詮議《せんぎ》を受ける。まず第一番に神尾喬之助を捕《つか》まえて事を質《ただ》し、柳営《りゅうえい》である元旦である、喬之助に理があれば
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