束、そうか」
 造酒が相好を崩した時、かしこまっている門弟のうしろに人影がうつって、
「御めん下さいまし。勝手に上りこんで参りました――さあ、こちらへ。そう何も怖がることはない」
 長庵が、お妙を押《お》すようにしてはいって来た。

      三

 この源助町の道場へ、長庵がお妙をつれこむのを見すまして、魚心堂はどこへ行ったか。
 それから間もなくである。
 また一人の侍が、この道場の玄関に立って案内を求めている。
 妙見勝三郎《みょうけんかつさぶろう》である。
 妙見勝三郎……御書院番士の一人。肩幅の広い、ガッシリした、四十恰好の侍だ。
 黒羽二重の羽織に、袴《はかま》、リュウとしたなりだがその夜ふけに供もつれずに何しに来たのか――それはとにかく。
「頼《たの》もう、頼もう……」
 と、しきりに奥を覗き込んで呼《よばわ》っているそのうしろ姿である。
 背中のまん中、上寄《うわよ》りのところに、羽織の紋をかくして半紙一枚の貼紙がしてあるのだ。
 背中の貼紙――「亡者《もうじゃ》」と大書してある。
 亡者……と書いた紙を背中に背負《せお》って、妙見勝三郎は神保造酒の許を訪ずれて来てい
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