》は、七十七歳の老人だ。が、耳も眼も人一倍達者なくせに、都合の悪い時は、いつも耳の遠いふりをする。今がそれで、
「年齢《とし》のせいか、どうもよく聞えぬ。しかし、何じゃと言わるる?」
 先刻《さっき》から、何か一生懸命に話して来た脇坂山城守は、妙に腰を折られた恰好《かっこう》で、
「いやなに、伊豆屋伍兵衛は、今回の騒動の張本人、神尾喬之助めの妻の生家であってみれば、このさい――」
 エヘン! エヘン! と、相模守は、余計なことを言うな、その先は言わぬほうがよかろうといわぬばかりに、出もしない咳払《せきばら》いをしながら、さも聞き取り難いといった顔つきで、眉をしかめ、手を、耳のところへ屏風に作って、
「あアン?」
 脇坂山城守は、一層|魔誤魔誤《まごまご》するばかりだ。
「このさい、伊豆伍のほうの油御用《あぶらごよう》はお出入りを差しとめ、いずくか然るべき――それにつけて、拙者|推薦《すいせん》いたしたきは、下谷長者町の筆屋幸兵衛なるもの……」
「暫らく」その時まで黙っていた平淡路守が、苦《にが》にがしそうに口を挾《はさ》んで、「お話の筋が違いは致しませぬかな」
「その筆屋幸兵衛なるもの
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