だが、それがそうはいかないというのが、この世の中に、恋という厄介なことばが存在する所以《ゆえん》ではなかろうか。
何事も理窟通りに、二に二を加えて四、八を二分して四ときまっていれば、誠に世話の要《い》らない人生で、その代り小説家は上ったり――ナニ、小説家なんかどうなったって構わないが、殺風景きわまる世の中になるであろう。
お妙は、立ちどまった。艶《えん》な町娘の風俗《みなり》に、いつかの筆幸の棟上げに出した祝儀の手拭を吹き流しにくわえたお妙だ。歩くでもなく、進むでもなく、何ものかに引かれるように、何ものかに押されるように、毎夜《いつも》のように、ここまで来てしまったのだ。
ここ……神田帯屋小路、油障子に筆太に書かれた喧嘩渡世の四字、その家の中では、お絃の姐御が、長火鉢の前に立て膝をして、何やらブツクサつぶやいている。
「おそいねえ。どうしたんだろう――?」
と、さしずめ、うしろの柱時計でも見上げるところだが、享保の昔で、時計なんてものはないし、第一、そんな、郊外の文化住宅でサラリーマン夫人がハズバンドの帰りを待ってるような、そんな生易《なまやさ》しい場面ではないのだから、お絃の
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