まるで、お姫様が毛虫を発見《みつ》けたような消魂《けたたま》しい叫び声が、奥のほうから聞えて来る。保利庄左衛門、箭作彦十郎、飯能主馬、春藤幾久馬等の声だ。
「出合え! 出あえ!」
 などと古風に喚《わめ》いているのもある。こっちの縁側にいて、これを聞いた峰淵車之助、日向一学、遊佐剛七郎、それに屋敷のあるじ長岡頼母等の面々である。ソレッ! というので散《さん》を乱《みだ》し、奥の間さして駈け入ろうとすると、傍《かたえ》の廊下の曲《まが》り角《かど》から、静かな声が沸《わ》いて来て、
「いや、こちらに居ります」言うことが皮肉である。「駈け違いまして恐縮……わたくしも、方々探しておりましたが――」
 ヒョイと見ると長剣を正眼に構えた神尾喬之助が、うっとりしたような顔をして立っている。室内の灯を受けて、半身は明《めい》、半身は暗《あん》、染《そ》め分《わ》けの姿を冷々と据えて、けむりのごとく、水のごとく……。
「いや、ここにおる。ここにおる」
 峰淵車之助が、向うの連中に大声を揚げた。
 と、向うからも大声が返って来て、
「何をいう! 同じ人間が二人居ってたまるかッ? 喬之助は今ここで、俺
前へ 次へ
全308ページ中246ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング