ば売られるほど、喬之助は、自分でも不思議なほど冷静になっていくのだった。で、全然《ぜんぜん》べつのことを考えながら、ただ手を突いて下を向いていたのである。
 その様子は、凄いような美男だけに、不貞《ふて》くされているようにも見えたに相違ない。ことに、喬之助が虚心流《きょしんりゅう》の達剣であるということを誰も知らなかったのが、間違いの因だった。
「何とか言えッ! 卑怯者ッ! 口が利けぬかッ?」
 近江之介は、口びるを白くして詰め寄った。
「泣きよる」
 池上新六郎が喬之助を顎でしゃくった。
「古老《ころう》に向って応答《こたえ》一つ致さぬとは――ウヌ、どうしてくれよう!」
「まあま、当人は泣きよる」
「なに、泣いておる?」
 見ると、なるほど、ひれ伏している裃の肩が、小さくふるえている。
「ほう、人形でも涙をこぼすかな」
「面白い、見てやれ!」
「そうじゃ、引き上げて、顔を見い!」
「構わぬから髷《まげ》を掴《つか》んで引き起すのじゃ」
 手を伸ばして、喬之助の頭髪《かみのけ》を握《にぎ》ったのは、大迫玄蕃だった。ぐいと力をこめて、ひっ張り上げた。
 くッくッくッ、というような声が、喬
前へ 次へ
全308ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング