いにとまっている樹の下に立った。
「お魚《さかな》の先生!」
 妙な呼名《よびな》だが、変り者同士のことだから、あまりおかしく響かない。
「しッ! 深夜に当って大声を発するとは怪しきやつ」ナニ、自分のほうがよっぽど怪しい。「第一、魚族《ぎょぞく》が逃げるではないか」
 大変な学者だけに、魚のことをわざわざ魚族といった。こういう言葉を使って衆愚《しゅうぐ》を感心させるのが、わが魚心堂先生の主義だというのだが、これはどうも当てにはならない。
 とにかく、お絃のはなしを聞いては、魚心堂も呑気《のんき》に釣りなどしていられないから、そこで、これだけは柄《がら》になく立派な釣道具をしまいこみ、お絃といっしょに四谷をさして駈け出す。
 この、喬之助、魚心堂、お絃の三人組と、天童利根太郎、鏡丹波を頭《かしら》に源助町から押して来た五十七名とが出会ったのが、瘤寺に近い富士見《ふじみ》の馬場《ばば》、ソロソロ東が白もうという頃であった。夜露の野を蹴って乱闘《らんとう》は朝に及ぶ。源助町の勢は驚いたろう。何しろ半九郎方で暴れているはずの神尾喬之助が、いきなりここへ飛び出したのだから――もっとも、こっちがほ
前へ 次へ
全308ページ中207ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング