を末座《まつざ》へ投げると、いよいよ小さくなった神尾喬之助は、恐縮《きょうしゅく》のあまり、今にも消え入りそうに、額部《ひたい》が畳についた。
「ふん、如何に中原《ちゅうげん》の鹿を射当てた果報者じゃとて、新役《しんやく》は新役、何もそうお高く留まらずとも、古参《こざん》一同に年賀の礼ぐらい言われぬはずはござるまいッ!」
 いつもの通り、列座同役《れつざどうやく》の尻押しにいきおいを得て、戸部近江之介はなおも威猛高《いたけだか》である。自分で怒っているうちに一そう激しく怒り出すのがこの人の性癖《くせ》で、口尻《くちじり》を曲げてこう言い放った時、近江之介は、自らの憤怒《ふんぬ》に圧倒されて、もはや口も利《き》けない様子だった。が、ちらりと眼を人々の顔に走らせて同意を求めると、池上新六郎《いけがみしんろくろう》、飯能主馬《いいのうしゅめ》、横地半九郎《よこちはんくろう》、日向一学《ひなたいちがく》、猪股小膳《いのまたこぜん》、浅香慶之助《あさかけいのすけ》、峰淵車之助《みねぶちくるまのすけ》、荒木陽一郎《あらきよういちろう》、長岡頼母《ながおかたのも》、山路重之進《やまじじゅうのしん》、
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