》を勤めている。それが、激怒《いかり》にふるえる手で、袴の膝を掴《つか》んで、ぐっと斜めに上半身を突き出した。
「ぶ、無礼でござろう。神尾氏《かみおうじ》ッ! 謝罪召されい!」
 畳を刻《きざ》んで、詰め寄せている。同時に、居流れる面々が、それぞれ快心の笑みを浮かべて、意地悪げに末席の一人を振り向いた。
 其処《そこ》に、神尾|喬之助《きょうのすけ》が両手を突いている。
 おなじくお帳番《ちょうばん》のひとりとして、出仕《しゅっし》して間もない若侍《わかざむらい》である。裃《かみしも》の肩先が細かく震えているのは、武士らしくもない、泣いてでもいるのか、喬之助は顔も上げ得ない。
 どッ! と、浪のような笑声が、諸士の口から一つに沸いて、初春《はる》らしく、豊かな波紋《はもん》を描いた。が、笑い声は長閑《のどか》でも、どうせ嘲笑《ちょうしょう》である。愚弄《ぐろう》である。一同が高だかと、哄笑《こうしょう》を揺すりあげながら、言い合わしたように、皆じろり[#「じろり」に傍点][#「皆じろり[#「じろり」に傍点]」は底本では「皆じろ[#「皆じろ」に傍点]り」]と小気味よさそうな一|瞥《べつ》
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