、まだ薄ら寒いこの春宵《しゅんしょう》に、よごれ切った藍微塵《あいみじん》の浴衣《ゆかた》一まい、長い刀《やつ》を一本ブッこんで、髪なんかでたらめだ。クシャクシャに束《つか》ね上《あ》げている。
「わッはっは!」衝《つ》ッ掛るように笑って、「エオウ、誰か死ななきゃならねえなら、おいらが死んでやるから、みんな安心していねエ。だがヨ御同役、そ、そんな不景気な面をしてちゃア、酒が不味《まず》いや」
 だが、首を狙《ねら》われる三番士の身になってみると、そう呑気にしてはいられない。
 主人の横地半九郎が、真青な顔を陽一郎へ向けて、
「イヤ、これは、今夜の宿を引きうけながら、飛んだ失礼をつかまつった。折も折り、まことに縁起《えんぎ》でもない誤ち、何んとも拙者方家人《せっしゃかたかじん》の粗忽《そこつ》。ウウ荒木氏、松原氏、ママお気を悪くなされぬように……」
「お言葉で痛《いた》み入る」荒木陽一郎は、まだ、左手に引きつけた一刀を離さずに、「それは、マア、屏風の置き違えにはきまっておるが、場合が場合じゃテ、臆病《おくびょう》なようだが、ちょっとびっくり致した。大声《たいせい》を発して、大人気《おとな
前へ 次へ
全308ページ中188ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング