うね。それからお口よごしには何を……」
「殴るよ。じっさいお前は老成《ませ》ているね。口を利いているのを聞くと一人前だ」
「それでいて仕事は半人前、食うほうは三人前――われながら不思議の至り……」
市ヶ谷やきもち坂の甲良屋敷へ差しかかろうとする馬場下《ばばした》の清玄寺前、角に腰掛茶屋が出ている。
無駄口を叩《たた》きながら、そこへはいって来たのが、下谷長者町の筆屋幸兵衛、筆幸という、その息子で幸吉。黒門町の壁辰の娘お妙に恋をして、思いの通らぬところから、甲良屋敷の脇坂山城守に訴人《そにん》をしたが、人ちがいということになって面目玉を踏み潰した生《なま》ッ白《ちろ》い若旦那だ。今日は、十五、六の小僧で減らず口のチャンピオンとでも言うべき定公を供に、もう一度脇坂様へ取り入ろうと、お贈《つか》い物を持って出かけて来たところ。
泰平つづきで、役人は腐敗しきっている。もっとも疑獄連発《ぎごくれんぱつ》のこの頃のようなことはないが権門賄賂《けんもんわいろ》は公然の秘密だった。長崎奉行は二千両、御目附は千両という相場《そうば》が立った位で、いまこの、筆屋の幸吉が定公に担《かつ》がせて持って来
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