無しだったのが、紙屑や草鞋《わらじ》の切れたのを拾ったりして、次第に身代を肥《ふと》らせて今日に至った。奉公人も多勢使って、江戸で伊豆伍《いずご》と言えば知らない者はないのだが、この伊豆伍の有名だったのは、その莫大な富ばかりではなく、今年|二十歳《はたち》になるお園という娘が、美人番付の横綱に載って名を知られていたからだった。閑人《ひまじん》の多いその頃のことである。何々番付という見立てが大いに流行《はや》って、なかにも、美人番付には毎々江戸中の人気が沸騰《ふっとう》した。その美人番付の筆頭に据えられたお園である。顔を見ようというので、金に困らない連中まで遠くの方からわざわざ伊豆屋へ質を置きに来る。一日に二度も三度も油を買いにくる。おかげで店はますます繁昌したが、そこで伊豆屋伍兵衛は考えたのである。
 自分はもともと百姓の出だ。それがかくして土一升金一升の江戸で大きな間口《まぐち》を張る商家の主となったが、今度は一つ、何とかして娘のお園を名のある侍へ縁づけて、お武家を親類に持ちたいものだ。自家と対等、或いはそれ以上のところからさえ、町家なら、養子の来人《きて》は降るようにある。何しろ江
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