、三の者は笑い声を立てたが、戸部近江之介は明白《あきらか》に嫌な顔をして、一そう憎悪に燃えるように、立ったまま喬之助を見下ろしている。
 いわゆる猥談《わいだん》は詰所のつきものでもあるし、近江之介はこの豪《ごう》の者でもある。近江之介が嫌な顔を見せたのは、今の長岡の言葉が下品なひびきを持っていたからではない。それは、近江之介の胸底にある喬之助への嫉妬を、一段と掻き立てる役目をしたからである。
 園絵というのは、神田三河町三丁目で質両替油渡世《しちりょうがえあぶらとせい》をしている伊豆屋伍兵衛《いずやごへえ》の娘で、本名をお園という当代評判の美女である。それがどうして園絵殿と言われて、新御番神尾喬之助と結びつけられ、しかもこうして再三この殿中新御番詰所の噂に上っているかというと、つまり、組与頭の近江之介と新入《しんい》りお帳番《ちょうばん》の神尾喬之助とが、町娘のお園を争ったのである。
 伊豆伍《いずご》は、身上《しんしょう》二十五万両と言われる神田三河町の大店《おおだな》だ。一|代分限《だいぶんげん》で、出生《しゅっせい》は越後の柏崎《かしわざき》だという。故郷《くに》を出る時は一文
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