江之介は呶鳴《どな》ったのである。
「卑怯者ッ――!」
そして、呶鳴《どな》ってしまってから、近江之介は、自分でもほんとに怒れて来た。
四
いま、老体の大目附も、咳払いと一しょに下城してしまう。
あとは、ちょっと森閑《しんかん》としている。
御書院番衆はやれやれ[#「やれやれ」に傍点]と寛《くつろ》ぎ出して、急にそこここに話声も起り、中断されていた喬之助いじめをまたはじめようとそっちのほうを見ると、もう皆頭を上げているのに、喬之助だけは、まだ平蜘蛛《ひらぐも》のように畳に手をついている。
袖ひき、眼配《めくば》せして、一同は喬之助を取り囲んだ。
箭作《やづくり》彦十郎は変にねっとり[#「ねっとり」に傍点]した口調である。
「神尾氏、居眠ってござるかの? あははは、その初夢に拙者もあやかりたいほどじゃが、ここは殿中、さまで疲労しておらるるなら、悪いことは言わぬ。下城《さが》って御休息なされい」
「疲労?」長岡頼母が頓狂な声をあげる。「疲労はよかったな。園絵《そのえ》殿と番《つがい》の蝶では、如何な神尾氏も疲労されるであろうよ」
下卑《げび》た言い草である。二
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