戸一の美女に二十五万両の身代が随《つ》いているのである。自薦《じせん》他薦《たせん》の養子の候補者は、選《よ》りどり見どりだが、苦労を知らない大家《たいけ》の次男三男を養子に貰ったところで、よくいう、初代が『初松魚《はつがつお》伊勢屋の前をすぐ通り』二代目へ来て『二代目の伊勢屋の前に初松魚』、三代目となると『売家と唐様《からよう》で書く三代目』という川柳の通りに、悪くすると家の落目《おちめ》を招くにきまっている。それよりは、お店の番頭の中からでも見どころのある男を選んで、それに他家《ほか》から嫁を貰い、夫婦養子をしたほうがよくはなかろうかと、伍兵衛は、女房のおこよとも相談してそうすることに決心した。そして、どうせお園を手離《てばな》すなら、何の誰それと人にも言えるお武士《さむらい》の許へ嫁にやろうとなって、伊豆伍は、西丸御書院番頭の脇坂山城守の屋敷へ出入りしているのを幸い、親しく山城守に目通りを願ってこの儀を頼み込んだのだった。
 町人とは言え、富豪である。それに、お園の名は武家社会へさえ知れ渡っているから、酔狂《すいきょう》に引き請《う》けた山城守だったが、伝手《つて》を求めて申し込
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