を取ったという、新刀中での稀代《きだい》の業物《わざもの》の据えられてある――のはいいが、何やつの仕業《しわざ》か、大小ふたつとも、何時の間にか強い細引《ほそびき》で、鞘《さや》から柄《つか》へかけて岩矢搦《がんじがら》めに縛《しば》ってあるのだ。
 はッ! とすると、玄蕃、謡本の見台《けんだい》を蹴倒《けたお》して、部屋の中央に突っ立っていた。
 無人。玄蕃の影のみ、畳の上に黒ぐろと伸び縮みをしている。急の動作で、手近の燭火《ともしび》が着衣の風に煽《あお》られたのだ。その、白っぽい光線の沈む座敷……耳をすますと、深沈《しんちん》たる夜の歩調のほか、何の物音もしない。
 が、生き物には、生きものの気配というものがある。それが今、締め切った障子の向う側から、突き刺すように玄蕃には感じられるのだ。その縁の障子から眼を離さずに、かれは、ソロリ、ソロリと床の間のほうへ、後ずさりし出した。

      二

 九段の中坂《なかざか》近く。
 堀留の横町からもち[#「もち」に傍点]の木坂へ差し掛る角屋敷は、西丸御書院番、二千石の知行《ちぎょう》をとるお旗本、大迫玄蕃の住居である。
 この玄蕃。
前へ 次へ
全308ページ中125ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング