様と一緒になられ、面白可笑しくこの世を過ごされることを唯《ただ》一つの目あてに、ああしてお刀を揮《ふ》るっていられるに相違ない……。
そうだ。喬さまには、奥様がおありなのだ。しかも、評判のおうつくしい方――。
園絵さまとか聞いているが、言わば、その園絵さまの事から、こんどの騒《さわ》ぎも起ったようなもの。その園絵さま故に、それほどの苦労を遊ばす喬さまが、どんな事があっても、園絵さまをお見棄《みす》てなされて自分にお心をお向けになろうとは……いいえ、そういうことを考えてはなりませぬ。ゆめにも、そういうことを願ってはなりませぬ。園絵さまのおためにも、また喬さまのおためにも――。
けれど、そうすると、この自分、妙というものは、どうなるのでございましょうか。
……お妙は、喬之助に会って以来、日に何度《なんど》となく自分に向ってその問いを発して来たのだが、心のどこを叩いても、この答えは見つからなかった。
妻のある喬之助、それはわかっている。その妻を愛し、恋している喬之助、それもわかっている。
それならば、それだけわかっているならば、スッパリと思い諦《あきら》めてしまえばよさそうなものだが、それがそうはいかないというのが、この世の中に、恋という厄介なことばが存在する所以《ゆえん》ではなかろうか。
何事も理窟通りに、二に二を加えて四、八を二分して四ときまっていれば、誠に世話の要《い》らない人生で、その代り小説家は上ったり――ナニ、小説家なんかどうなったって構わないが、殺風景きわまる世の中になるであろう。
お妙は、立ちどまった。艶《えん》な町娘の風俗《みなり》に、いつかの筆幸の棟上げに出した祝儀の手拭を吹き流しにくわえたお妙だ。歩くでもなく、進むでもなく、何ものかに引かれるように、何ものかに押されるように、毎夜《いつも》のように、ここまで来てしまったのだ。
ここ……神田帯屋小路、油障子に筆太に書かれた喧嘩渡世の四字、その家の中では、お絃の姐御が、長火鉢の前に立て膝をして、何やらブツクサつぶやいている。
「おそいねえ。どうしたんだろう――?」
と、さしずめ、うしろの柱時計でも見上げるところだが、享保の昔で、時計なんてものはないし、第一、そんな、郊外の文化住宅でサラリーマン夫人がハズバンドの帰りを待ってるような、そんな生易《なまやさ》しい場面ではないのだから、お絃の
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