ぞ、大岡殿を毛虫の如く厭《いや》がっておらるる」
「ところで、それはそうとして、今日お集り願った目的であるところの喬之助討ち取りの方策じゃが――」
「ナニ、面倒なことはない。おれの前へ引っ張って来い!」
「黙られい! 徒《いたず》らに大言壮語――オッ、そういうお手前は、笠間氏じゃな、うわさによると、お手前は鎧兜《よろいかぶと》を着して寝《しん》に就《つ》かれるということじゃが」
 わいわい、がやがや、大変な騒ぎのところへ、真《ま》ッ蒼《さお》な顔をした長岡頼母が、ヒョロヒョロしてはいって来たから、一同はそっちを見て、合唱のように、「おい、長岡、どうした?」
「長岡うじ、いかが召された?」
 頼母は、黙って、手にした忌中札を突き出しながら、
「これが貼ってあった――居間の障子に。開けてみたが、誰もおらぬのじゃ。コレ、この通り、まだ濡れておる」
 ドレドレ、見せろ――と、一同がザワザワと起ち上って頼母の周囲《まわり》に集ろうとして! フと気がついた。末席である。
 何時の間に来たのか、それとも、初めから評議に加わっていたのか、その末席《まっせき》に、両手をついて、ジッと平伏したきりの一人の人物がある。どうして今まで、誰も気がつかなかったろう? 畳に手を突いて動かない姿……裃《かみしも》こそ着ていないが、あの元日、番部屋《ばんべや》でそうして嘲弄《ちょうろう》を受けていた神尾喬之助の態度と、寸分違わないではないか。その微動《びどう》だもしない伏像《ふくぞう》に対して、一同は、声もなく眼を見張った。

   影《かげ》と影《かげ》二|人法師《にんほうし》

      一

「ややッ! ここにおる! ほら! ここに居るぞ何者か……」
 叫び揚げたのは、博多弓之丞だ。背後《うしろ》へ拡げた両手は、空気を押えるような手つきだ。そのまま、ザザザッ! 畳をならして蹣跚《よろめ》き退《さが》った。
 池上新六郎、山路重之進、飯能主馬、横地半九郎、妙見勝三郎……等、合計十三名の御書院番士と、源助町の助軍一統、思わず、ぱッ! 潮の引くよう、起ち上っていた。
 本郷、うなぎ畷《なわて》――長岡頼母の屋敷である。喬之助討取り方|評定《ひょうじょう》の最中に。
 あるじ頼母の発見した忌中札、その字がまだ濡れているというので、一同が頼母を取り囲んでわいわい言っている時、誰ともなく、つと末席に眼が
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