察しのわるい人だねえ。見るもんじゃアないよ。こっちへおいでよ」
グングン引っ張るから、さすがの観化流逸剣《かんかりゅういっけん》茨右近も悲鳴を揚げて、
「ア痛タタタ! ナ、何をしやアがる。兎公《うさこう》じゃアあるめえし」
「馬鹿だよこの人は、お前さんが立って見物してるもんだから、喬さんはすっかり照れてるじゃアないか。サ、こっちへおいでよ」
見ると、なるほど喬之助は、園絵を前に喧嘩屋のふたりをはばかってニヤニヤ笑いながら、頭を掻《か》いている。右近は気がついて、
「いやア、これア俺が悪かった。犬に食われろなんて言われねえうちに……ヤイ! お絃、そういう手前《てめえ》こそ、見物して笑ってるじゃアねえか」
「あれサ、あたしゃ御新さんを唆《け》しかけていたんだよ。ねえ御新さん、久しぶりですもの。しっかり可愛がってお貰《もら》いなさいよ」
「余計なことをいうやつだな。見ろ、園絵さんは真赤になってしまった」
「さ、こっちも二人づれ、早く出ましょう」
お絃は、右近の耳を引ッ張って戸外《そと》へつれ出す。ピシャリあとを締めながら、
「ホホホホどうぞ御ゆっくり……」
は、また一つ余計だった。
五
おもてへは出たものの、行くところはない。
格子の外へ凭《よ》り掛った茨右近と知らずのお絃、どうも、夫婦して締め出しを喰らったような恰好で――。
「お前さん、寒くァない?」
「うん、寒くはないが、べらぼうに眠《ねむ》いや」
「困ったねえ。どっか一晩|旅籠《はたご》でもとろうか」
「なアに……」
「なあにといったって、朝までここに、立ってもいられないしサ――」
「どうにかならあ」
「呑気《のんき》だねえ。今ごろ家内《なか》の二人は……」
「馬鹿ッ! しかし、心もちは察するなあ」
「ほんとにねえ」
つくねんと立ちながら、ポソポソ話し合っていると、春寒《はるさむ》の夜はヒッソリ更けて、犬の遠吠《とおぼえ》、按摩《あんま》の笛、夜鳴《よな》きうどんに支那蕎麦《しなそば》のチャルメラ……ナニ、そんなのアないが、とにかく、深更である。寝しずまった帯屋小路の往来を、風に吹かれて白い紙屑が走って、番太《ばんた》の金棒が、向う横町をシャラン、シャランと――。
寒さがしみる。しゃがんでいたお絃が、ゾッと肩をすぼめて、
「ねえお前さん、こうしていると、夜中に店立《たなた》てを喰らっ
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