何だかモダンガールみたいな口調だが、とにかく、当時の言葉でそんな意味のことを言う。白髪《しらが》あたまで若党とはこれいかに?――とでもいいたい老僕忠助、行ってしまった。
あとで園絵。
町人は町人並に、このわたしさえどこか町家へでもお嫁に行っていたら、四方八方、こんな迷惑《めいわく》は掛けなかったのであろうに。思えば、名あるお武家さまを縁者《えんじゃ》に持ちたいなどと大それた望みを起したお父つぁんやお母《っか》さんが恨《うら》めしい。しかも、こういうことになってからというものは、この上のかかりあいを恐れて、三河町《いずや》からは足踏みは愚か、フッツリ、便りさえないではないか。お父つぁんと言いお母さんといい、あんまりといえばあんまりなしうち……娘ごころは、ひたむきである。思い詰めると、お可哀そうなのは喬様おひとり、ああ思い切るまでには、よくよくのことがおありだったに相違ない。イイエ、園絵は決して、御無理とも御短慮《ごたんりょ》とも思いは致しませぬ。よく――よくあの、憎い憎い戸部近江様をお斬りなすった。それでこそわが夫《つま》、園絵は、この通り悦んでおります。でも、それもみんなわたくしから出たことと想えば、もったいないやら、空恐《そらおそ》ろしいやらで……その後、わたくしの受けました厳しいお調べや折檻《せっかん》など、あなた様の艱難辛苦《かんなんしんく》に比べれば、物の数でもござりませぬ。ただこの上は、喬之助さま、どうぞお身御大切に、いずくになりと身を潜めて長らえていて下さりませ。お互に生きてさえおりますれば、必ずやまた一つ家に寝起きして、妻よ夫よと――その時はもう、窮屈《きゅうくつ》な侍稼業をスッパリ廃《よ》して、わたくしは、あなた様と御一緒に元の町人に帰り、面白おかしく呑気《のんき》に暮らして――その、再び手を取り合って泣く日を楽しみに、喬さま、園絵は、園絵も、どんな憂き辛さにも耐えて行くつもりでございますから、あなた様も、おこころをしっかりお持ちなされて、雨、風、暑さ、寒さ、さては人の眼、十手の光り……どうぞどうぞ、お気をつけ遊ばすように――お身のうえを守らせ給えと、園絵は、夜|詣《まい》り朝詣り、コノ築土八幡さまへひたすら祈願を凝らしておりまする……。
町人の娘とは生れたが、今は縁あって神尾家の奥様だ。美人は多く玩弄用《がんろうよう》で、内容《なかみ》の
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