お許しを脇坂《わきざか》様まで願い出ようということになったのじゃ。ソ、それも、かく申す拙者が発起人《ほっきにん》でナ、ま、喜んで下され、決まりましたよ」
 喬之助は、無言である。依然《いぜん》として、そここことなく見廻して笑っているのだ。
 笑っているので、段々きいて来たかと思った玄蕃、今にも用人《ようにん》どもがやってくるであろう。そうしたら、サッと室外《そと》へ飛び退《の》こうという心構え、チラ、チラと廊下の方へ眼を配りながら、
「わしらも、後悔《こうかい》しておる。ちと悪ふざけの度が過ぎました。それも、仲間《なかま》うち――と思えばこそ、まったく、貴殿のことは、拙者《せっしゃ》など、失礼ながら、弟のように思っておりましたからな。それでああいう冗談も出来たのじゃが、他人と思えば、ゆめにも出来ぬことじゃ。冗談――と言えば、冗談から駒《こま》が出ましたなア。ほんとに、冗談から出た駒じゃ。しかし、貴殿は大変でござったろう? どこにおられた?」
 喬之助は、答えない。
「実はナ。あれからすぐ、貴殿に詫《わ》び状を入れようというので、拙者など、率先《そっせん》してゆくえを捜《さが》したが、どうも弱った。皆目《かいもく》影を見せんとは、人が悪いよ、貴殿も」おかしくもないのに、笑いを揺《ゆ》すり上げて「人にも聞いて下され、貴殿は御存じあるまいが、拙者は常に貴殿の味方《みかた》でござったよ。一度、かようなことがござった。貴殿の硯《すずり》に水が切れておったのを、これもナ、ほんとのことは、かの近江めが、わざと水を捨てて硯を乾《ほ》しおったのだが、そうして置いて、何と、ひどいやつではござらぬか。貴殿の登城を待ってウンと油を絞《しぼ》って呉れると言いおるから、わしが、見るに見兼て、そっとその硯へ水を注いでおいたのじゃ。するとそれを近江めが見|咎《とが》めてナ、吐《ぬ》かしおったよ。大迫氏、神尾はあんたの親戚《しんせき》にでも当るのかな――親戚《しんせき》、うわッはははは、わしとあんたが親戚、さよう、親戚のようなものでござる。拙者は、神尾うじが大好きなのじゃ――こう答えたらナ、近江のやつ、二|言《ごん》もなく、あのドングリ眼《まなこ》をパチクリさせて黙《だま》りおった。いや、見せたかったよ。貴殿」
 床の間《ま》に刀に腰《こし》かけたまま、相変らずニコニコしている喬之助の口から、思い出
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