はいい人なんですけれど、お侍のくせで、口がぞんざいなんでございますよ。どうぞ気にかけないで、何でもお話なすって下さい」
「いえ、痛み入ります。実ア喧嘩も喧嘩、これから、れっき[#「れっき」に傍点]としたお城づとめのおさむれえさんの首が十七、ころころころと転《ころ》がり出そうてエ瀬戸《せと》ぎわなんで」
「何? 武士の首が十七、こ、ころがろうといたしおると! ど、どこだ? これから参る。お絃、刀を出せ」
「いえいえ、一つずつ、順々に転がるかもしれねえという話なんで――」
「何だ、話か。落ちついて物を申せ」
「お前さんこそ落ちついてお聞きなさいよ」
「だからヨ、一てえその十七の首はどこの誰で、また、何《なに》やつが何《なん》のために、十七の首をころがそうてえのか、それから聞こう」
「はい。この私のうしろに控《ひか》えておりまする若い衆、これはただの若い衆ではございません」
「うむ。おれア実あ、さっきからそいつを見て愕《おどろ》いているんだが、まるでおいらにそっくり[#「そっくり」に傍点]じゃアねえか。なあお絃」
「ほんとにそうだよ。あたしも、このお職人が、黒門町さんのあとについて上って来た時には、まるでお前さんが二人出て来たようで、ぎょっとするほどびっくりしたよ。ちょいと! 見れば見るほど、生きうつしだねえ。あれ、笑うところなんか、まあ厭《いや》だ。何だか気味《きみ》が悪いよ」
「おれも、見ていると、何だか妙な気もちになってくる。この俺がおれだか、そっちのおれが俺だか、どっちの俺がおれだか、それとも俺でねえのか――」
「ややっこしいことをお言いでないよ。たださえ、ややっこしくなって来ているんだから――」
「やい、てめえは何だ。まさか俺《おれ》が化《ば》けたんじゃアあるめえな」
「いえ、実あ、今日|伺《うかが》いましたのは、このお方のことなんで――この黒門町が、強《た》ってのお願いと申しますのは――コレ、神尾さま、あなた様からも、何とか御挨拶して下さいまし、わっしにばかり喋舌《しゃべ》らせねえで」
「いや、拙者《せっしゃ》も、あまりに似ておるので、口が利《き》けんほど驚愕《きょうがく》いたしおるところだ。その拙者が拙者か、この拙者が拙者か――ことによると、かの金山寺屋とやらは、本心から取り違えたのかも知れぬぞ」
「全く。この黒門町も、今はそうじゃアねえかと思っておりますよ
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