彼はぼんやりと、気がつかずに月見橋を渡ったが、そうしていつの間にか他の領内へ踏み込んでいたのである。
それからまた少し野原があった。野原のつぎは畑だった。畑を越すと、そこここに生垣が見えて、どうやら屋敷町へ入ったらしかったが、平馬はいっさい夢中で歩いていた。
陽が高い。
くっきりと黒い影が足もとにかたまっている。
その自分の影に話しかけるように、うつむきに考えこんでゆく平馬。
ふと、顔を上げた。耳のそばで羽ばたきがしたからである。おや! と思った瞬間に何やら黄色いものが平馬の眼前に躍って、すぐにそれが、右手の甲にとまったので、平馬はびっくり[#「びっくり」に傍点]してよく見た。
鶯が一羽。
丸々と肥った美事なうぐいすが、どこからともなく飛んで来て平馬の右手にとまっているのだ。何ごとか平馬に話しかけでもするように、小さな口を開けたかと思うと、ホウホケキョと一声。
驚きながらも平馬はにっこり[#「にっこり」に傍点]した。どこの鶯だろう? よほど人に馴れているとみえて、こうして物怖じもせずに平馬の手にとまっているのだ。大事に飼われていたのが、何かのはずみで籠から逃げて来たのに
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