今度は前にも増した大声で、がやがや喚くように言い出した。
「なんとかして平馬が仕合に出られないようにしてやろう!」
「そうだ、そうだ――やつ、風でも引かないかな」
「馬鹿! そんな呑気なことを言っている場合ではない。一人ずつ面と向って叶わない相手なら――闇討にきまっておるではないか!」
「そうだ、そうだ! 闇討だ! 闇討だ!」
「殺してはいけない。殺すと面倒だ」
「ただちょっと肩の骨を挫《くだ》くなり、指を折るなりして、今度の仕合に出られないようにしてやりさえすればよいのだ」
「なるほどそれにかぎる。さっそく、間者を放って、彼の動静をうかがわせるとしよう」
「それによって大勢で待ち伏せしてやってしまうのだ。向うは一人、こっちは大勢、平馬といえど鬼神ではあるまい。あに恐るるにたらんやだ」
「名案、名案!」
 というわけで、あとは拍手喝采《はくしゅかっさい》、下妻の若侍一同、当の平馬がつい[#「つい」に傍点]鼻の先に聞いているとも知らず、好い気持でさわいでいる。
 平馬も何気ない顔で、しきりにお茶を飲んでいたが、やがて丁寧に別れの挨拶をすると、静かに立ち上った。そして、ホウホケキョと鳴くうぐいすの声と、それよりもっと朗かで優しい少女の微笑《ほほえみ》とに送られて、平馬は往来へ出た。
 自分の背丈もあろうかという大刀を横たえた平馬の姿が、春霞にかすむ野道を結城の町の方へたどって行く。それが点となって消えてしまうまで、少女は門に立って見送っていた。
 その向うに、筑波の山が胸から上を雲にあらわして、あるかなしかの風に、紅梅の花びらが少女の上に散った。

   うぐいすの便

 それから二日ばかり大雨だったが、その雨のはれた朝のことだった。鶯の宿の少女が、縁に出て、陽の照る庭に立ちのぼる水気を嗅ぎながらいつものように、籠のなかの鶯に戯《たわむ》れていると、その朝にかぎって、どうも鶯のようすがへんだった。なんとなくそわそわしている。と思ってよく見ているうちに、どこか遠くでほかのうぐいすの声がした。ホウホケキョというその啼《な》き声は、はじめはかなり遠くの方でしていたが、それがだんだん近づいてきて、今度はどこか家の近くで大きくはっきり[#「はっきり」に傍点]と啼くのが聞えた。すると少女の鶯も友達が来たのを喜ぷように盛んに啼きたてた。やがて庭先の梅の小枝に、ほかの鶯の黄ばんだみどり
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