》けるしかばね――となって、あれからこっち、材木置場や町家の檐下で、寺社の縁などに雨露をしのいで江戸の町まちを当て途《ど》もなしにほっつき歩き、きょうこうしてはからずもお多喜の眼に触れて、その宗七の家へ引き取られたという仔細《いきさつ》。
 が、この三月まえの出来事はもとより、七年来の悲しい歳月は、いま小信の意識《こころ》の底に埋められているだけで。
 宗七とお多喜が両方からかわるがわるいろいろ尋ねても、何の反応もないので、ふたりともしまいには黙り込んでしまった。
 お多喜はほっと深い溜息を洩らして、宗七へ向い、
「どうしたもんだろうねえ。しばらく家に置くとしても、大家さんへ話しておかなくちゃあ悪いだろうねえ。そんなことをして、面倒な係合いになっても詰まらないし――。」
 何か考えていた宗七が、ぽんと小膝を打って起ちかけた。
「うむ、そうだ! これの兄さんで伴大次郎、じつあ三国ヶ嶽でその旦那に会って来たんだが、その節の話じゃあ、なんでも下谷の練塀小路、法外流とかいう剣術《やっとう》の道場にいると聞いたが――。」
「この女《ひと》の兄さんがかえ。そりゃあお前さん、うってつけの話じゃあない
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