すこし相模のほうへ下りた途中の、山と山の間の広野である。こんなところで、何人の丹精《たんせい》で、こんな花園があるかと思われるくらい、地べた一めんに高山植物が花をつけて、ひろい野原に、赤、黄、むらさきと、一望に咲き揃っている眼も綾《あや》な自然の友禅模様《ゆうぜんもよう》――高い山にはよくあるお花ばたけなのである。
 三国ヶ嶽から藤屋へ駈け下りた大次郎は、法外先生が階下の白覆面のために、肩に重傷を負わされたのみか、その一行は、騒ぎに紛れて千浪をひっ攫《さら》い、急遽《きゅうきょ》袂《たもと》をつらねて下山の途についたと知るや否、腰間《こし》に躍る女髪兼安を抑えてただちにあとを踏み、今やっとこの中腹のお花畑へ、千浪をかこんで麓へいそぐ一同に追いついたところだ。
 江上佐助の文珠屋佐吉は、途中も気を配って捜して来たがどこにも見えない。
 そして、これが、眼ざす祖父江出羽守とは、大次郎知る術《すべ》もないが、養父同然の恩師法外先生のかたきではあり、いま目前に、千浪様を掴まえて伴れて去ろうとしている相手だから――大次、しずかに女髪兼安の鞘を払って、とうとう抜いた。
 出羽は、猿の湯の猿を殺して
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