と細かい音を立てた。
 猿の湯にいる江戸ものらしい女――千浪さまにきまっている!
「あの江上めが今は文珠屋と名乗って――うむ! こうしてはおられぬ。宗七、また七年後にここで、会おうぞ。」
 叫んだ大次郎、愛する千浪の危急を知って、いっさんにその三角形の山頂を駈け下り出した。ぼんやり呆気に取られて後見送っている宗七を残して――三里の下りを阿弥陀沢の藤屋へ。
 言いだしたらきかぬ江上佐助の気性、これはただごとでは納まるまいと、大次、走りながら、腰の女髪兼安の柄を叩いて、ぶつり、鯉口を切った。
 きらり! 鯉ぐち三寸、銀蛇のごとくきらめいて、眼を射る。そこに、何の焼刃《やいば》のみだれか、一ぽん女の毛が纏わりついたと見える鍛《きた》え疵《きず》。
 阿波の右近三郎打ち上げるところの女髪兼安。
 ゆうべ出がけに此刀《これ》を渡すとき、法外先生が言った――「くれぐれも言っておくが、大次、けっしてこの刀を抜いてはならぬぞ、抜けば血を見る。擾乱《じょうらん》を呼ぶ。刃元にうかぶ一線の乱れ焼刃。女髪剣、必ずともに、その女髪に心惹かれて、戯《たわむ》れにも鯉口を押し拡げるでないぞ。よいか。」
 その女髪
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