、何でも奇抜でさえあればいい、その風変りな点が当りを取って、老人客や、茶人めいたかわり者のあいだに、この伝馬町の文珠屋は、なかなか評判がよく、江戸へ出ればここときめている定連も、かなり尠くないのだった。
 が、女を使わないというだけで、女客を断わるわけではない。事実、急ごしらえの出あい夫婦、つれ込みが、文珠屋の泊り客の過半なので、おんながいないだけに、うしろめたい女客には、かえって気が置けないのかもしれない。
 その、世の中に金以外、女に用のないはずの文珠屋佐吉は、先日旅に出て帰宅《かえ》ってからというものは、めっきり味気ない顔つきで、ことに今日は、じぶんの高札を見てすっかり腐ってしまったと言う。
 いつもは、そんな文珠屋ではないのであるが。
 たとえ鼻の先へ百本千本の十手が飛んでこようとも、どっかり胡坐《あぐら》で吐月峯《はいふき》を叩いていようという親分。高札なんどせせら笑って、かえって面白がってこそ文珠屋なのに。
 ほかに理由《わけ》があると睨んだ与助の推測どおり、心に思っている女があって、善良《まとも》な生活が恋しくなったと言う告白だ。二十七の物思い――鬼瓦の文珠屋が恋風を引き
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