得《みえ》と、まず、この頭巾だけは許してもらいたい。さあさ、お立ち会い。いよいよ始める。」
路端に立って大声にしゃべり立てているのは、例の白の弥四郎頭巾に白服の伴大次郎である。そのそばに、腰元のように装《つく》った派手な振袖の千浪が、高く結い上げた髪も重たげに、立っているのである。
麗らかな日で、吹く風も寒くなく、江戸の空には鳶《とび》が舞っていた。
深川やぐら下を少し富ヶ岡八幡に寄ったほうの横町で、稲荷の祠の前だ。この異形の侍と、若い美しい女に眼をとめて、好奇心に満ちた群集がぐるり取り巻いてわいわい言っている。
お多喜が、引っ張るように宗七を促して連れて来たのは、ここだった。宗七は、その群集の外側に立って、じっと中を覗いている。
「大次郎様だね、お前さん。」
「うん、そうだ。あの美しい女子衆は、あれのお内儀の千浪様というのだが。」
そう言いながら見廻すと、すこし離れた見物人のなかに、虚ろな小信の顔も見えるので、
「おい、小信さんはあすこにいるじゃあねえか。お前そっと背後に立って、この芸がすんだら、うちへ連れ帰るようにしねえ。」
「おや、ほんとにあすこにいるね。まあこれでわたしも安心したよ。」
とお多喜は、そそくさとその見物人のなかの小信の背後へそっと寄って行く。
群集看視のなかの大次郎は。
当てもなく江戸の町を歩いたところで、いつまた祖父江出羽守に逢うともわからないし、それに、生きて行く生計《なりわい》も考えねばならぬ。
かつまた、いつまでも妻の千浪を、のんべんだらりと文珠屋へ預けて置くのは、佐吉の好意に甘えすぎるようで、それも面白くないので、ああは言ったものの、一応千浪を引き取り、佐吉と相談の上で、大次がこの腕に覚えの居合い手品を始めたのだった。
千浪は喜んで、一種独特、法外流門外不出の坐り方を大次郎に教わって、この相手を勤めることになったわけ。
もはや会わぬつもりではあったが、ともに道場を出ている今は、そうまで堅く考えずともと、己れの恋を犠牲にした佐吉が懸命に仲に立って、こうして二人、恋慕流し宗七夫婦をそのままに、この大道芸は奇術駕籠《てじなかご》の辻芸人と落ちたのだった。始めから愛しきっている、大次郎の喜びもさることながら、やっと二人一緒に暮して行ける千浪の胸のときめきは、どんなであったろう。
夢のような日のうちに、こうして江戸の町まちを、芸を売っているのだった。
大次郎のそばに、駕籠が一つ置いてある。何の変哲もない普通の駕籠だ。
大次郎は、その垂れをはぐって、中に種、仕掛けのないことを人々に見せた後、
「さあ、これへ。」
と千浪へ合図をすると、千浪は足取りも淑《しとや》かに、背を屈めて、その駕籠の中へ下りる。
「さあ、こうしてこの垂れを下して――。」
そう言うと大次郎は、いま千浪と入れ違いに駕籠から取り出した三十本ほどの刀の束ねたのを地面に置いて、それと共に、駕籠の屋根から取り下ろした長い太い細引きを、見物のほうへ差し出した。
「お女中は、こうして駕籠の中にはいっておる。垂れは両方から下ろした。そこでお立ち会い、おぬしらの中から、誰でもいいから出て来て、この細引きで、この駕籠を縦横無尽、がんじ絡めに縛ってもらいたい。」
見物一同はもちろん、宗七もお多喜も、狂女小信も、何をするのかと、にわか芸人大次郎を凝視めていると、群集の中から、町家の番頭ふうなのや、鳶の者、職人など、物好きなのが飛び出して、大次郎の手から細引きを受け取り、にやにや笑いながら、その千浪のはいっている駕籠を横に縦に、八方に綱を廻して、めちゃくちゃにしばり上げてしまった。
細引きを掛けた駕籠は、そのまま大地に立っている。
木曾の桟橋《かけはし》
「うん、それでよい。大地には種仕掛けはないから、いまこの駕籠へはいった女は、ちゃんと中におる。そうしてこのように、綱を掛けてしまったら、もうどこからも出られぬわけ。念のために、中におるかどうか――。」
駕籠へ近づいた大次郎が、
「お女中!」
と呼ばわると、中でこつこつと駕籠の底を叩く音がして、大丈夫千浪ははいっている。
「そこで――。」
と呻くように言った大次郎は、まず、その三十本ほどの刀の束から一本取り上げたかと思うと、ぎらり鞘を抜き払ってやっという気合いの声もろとも、垂れの横から、駕籠の中央を目がけて、ずぶりと刀を刺した。柄元まで通って、向う側の垂れを破り、刀の斬尖が突き出る。
あっと群集は驚きの声を揚げたが、中の千浪は、声一つ立てない。と思う間に、大次はつぎつぎに刀を抜き放って、今度は反対側の横からずぶり! また第三の刀は篤龍の屋根からまっすぐにと、一つは棒鼻の下から駕籠を縦に串ざしに、刺し通す。見る間に四、五本の刀が、あらゆる角度から駕籠に刺さって
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