く陽ざしを赤々と照り返して。
 こうして、文珠屋佐吉は、あれほど恋い慕っていた千浪様を己が家に置くこととなったが、それと同時に彼佐吉、千浪に対する煩悩をさらりと捨てて――こう心気一転すれば、さっぱりした文珠屋である。親友の妻と奉って、千浪様々、下へも置かない持てなし、男だけで女のいないのを売り物にしていた宿屋だけに、この美しい客人は、番頭、小僧をはじめ、下男たちも大喜びで、一にも千浪様、二にも千浪さま。
 奥まった一室を与えられた千浪、まるで文珠屋の女王のように、主人佐吉をはじめ、一同に大事に侍《かしず》かれていた。

     裏おもて隠れ里

「あらッ!」
 叫んだのは、恋慕流し宗七の妻お多喜だ。深川やぐら下の小意気な宗七の住居で。
「あれ、お前さん、小信さんがいないじゃないか。」
 と言う声に、その一間きりの柱にもたれて、ぼんやり物思いに耽っていた宗七は、眼を上げてあたりを見廻した。
 なるほど、この家へ引き取って以来、ずっと毎日、起きている間は、必ずそこの部屋の隅にうつ向いていた小信の姿がいま見えないのである。
 宗七は、考えごとに気を取られていて、いつ小信が家を出たとも知らなかったが、ちょっと用たしに行ったお多喜がいま帰って来ると、格子を開けて土間へはいると同時に、そう驚きの声をあげたわけ。
「うん、いねえなあ。そう言えばさっき、土間へ下りてうろうろしていたようでもあったが――。」
「何を言ってるんだよ。お前さん。そんな呑気なことを言ってちゃあ、困るじゃあないか。弟さんの大次郎様とやらから、ああして大事にお預かりしている小信さん、気が狂って、まとまった考えがないんだもの。そこらをうろうろして、変な間違いでも起されたら、大次郎様に申訳がないじゃあないか。」
「うん、それはそうだ。なに、遠くへは行くめえ。お前、ちょっくら町内を一廻りして、探して来ちゃあくれめえか。
「あいさ、岡っ引の女房だもの、お安い御用だよ、ほほほ。」
 怒るだけ怒ってしまうと、きさくなお多喜は呑気に笑って、からころ溝板を鳴らして、路地を出て行った様子。
 あとで宗七は、また物思いに耽るのだった。
 煩悩を背負って、三つに別れて下山した自分と、大次郎と江上佐助と。
 爾来自分は女色煩悩を追って、この江戸の色街で文字どおり恋慕流しの流れの生活を送ったままいまのお多喜と一緒になって、表面は街の夜を賑わす恋慕流しの宗七だが。
 またその裏面は、いつからともなくあの八丁堀の与力、川俣伊予之進に見込まれて、十手を預かる御用聞きとなってはいるが。
 だが、表裏いずれとも宗七の心を離れないのは、あの田万里を亡ぼした出羽守に対する復讐である。煩悩に対するに煩悩をもってする――という建前《たてまえ》から、自分は女色煩悩を漁って来たのだが、それすらをすべて解脱《げだつ》した宗七に、たった一つ残っている煩悩の二字は? それは、いま言った出羽への復讐!
 こう考えてくると、復讐そのものが一つの煩悩かもしれなかった。
「つまるところ人間は、煩悩に生まれて煩悩に死ぬ。これだけは煩悩ではないつもりでも、こうやって思いつめているだけで、それがすでに煩悩の一つかもしれねえ。」
 伴大次郎は、ああして祖父江出羽と同じ服装で、いま町をさまよっている。四、五日前にここへ訪ねて来て、小信にも会ったが、気の狂っている小信が、実の弟を目のあたりに見ても、気のついた顔もしなかったのに不思議はない。悲しみのうちに大次郎は、なおも小信の身を宗七夫婦に頼んで、またどこともなく立ち去ったのだったが――。それに、あの文珠屋佐吉――煩悩小僧の正体を知っているものは、自分一人なのだが、金の煩悩のために盗みを働くとわかっているだけに、やぐら下の宗七も、出羽を首にするまでは、煩悩小僧は挙げられねえ。
 だが、その後では?――佐吉も喜んでおいらの繩にかかるとは言っているが、だが、友達の身に、この捕り繩を当てることができようか――。
 あわただしい跫音が路地を飛んで来て、格子のそとからお多喜の声、
「ちょいと、お前さん! 大変だよ! 大変だよ! 出て来ておくれってば!」
「何でえ、騒々しい!」
 舌打ちをしながらも、やぐら下の宗七、のそりと起ち上がっていた。

     居合抜き俄芸人

「さあ、お立ち会い! これだけの観物《みもの》は、お主らが金を山と積んだところで、金輪際《こんりんざい》、拝める代物じゃあない。拙者もこうして大道に立って、芸を切り売りしたくはないのだが、そこがそれ、農工商の上《かみ》などと威張ってみたところで、どうせ同じ人間様だ。食わなきゃあ生きちゃいられねえ。ところが禄を離れてみると、強いようでも弱いのが侍だ。浪々の身で、この大道芸人――芸人の身で被《かぶ》りものは恐れ入るが、これも侍のつまらねえ見
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