堀からたびたび使いが――と聞いて、宗七、人間が変ったように、活気を呈し、顔まで引きしまったのに不思議はない。
「うむ、そうか。川俣《かわまた》様からお呼びか。」
 と、きびきびした伝法《でんぽう》な口調――が、その眼がひとたび、そこにすわっている狂女へ行くと、お多喜の説明を聞きながらと見こう見していた宗七、やにわに、愕きのあふれる声で叫んだ。
「おお! あなたは田万里の――! あの、伴、伴大次郎の姉上――。」

     街の小鬼

「どうもとんだことがあったものだ。」
「先生がやられなすったとは、ほとんど信じられん。」
「一刀のもとに先生を殺《や》ったということだから、その相手の白覆面の曲者は、よほど腕の立つやつに相違ないて。」
 下谷の練塀小路、今は主の変った法外流の道場で、門弟たちが集り、わいわい話し合っている。
 大次郎と千浪が、法外先生の遺骨を守って下山し、江戸へ帰って半月ほどしてからで。
 武者窓から西陽のさす道場の板敷きで、またしても雑談に花の咲く話題は、いつも先師法外先生の最期の噂ときまっている。
 稽古後。
「それはそうに決まっておるが、なにしろ先生も御老体のことだったからな。」
 と、一人が言う。
 ほかのひとりが、
「伴先生は、その時、現場にいあわせなかったのか。」
「そうと見える。なんでも、上の山とかへ一夜登っておった後のできごとじゃそうな。」
「伴先生と言えば、山から帰ってから、先生の稽古は滅法荒くなったな。」
「稽古ぶりも、まるで別人のようじゃ。」
「顔も別人――。」
「これ! それを言ってはならぬ。」
 一同は、急に声を忍ばせて、
「しかし、えらい変りようじゃなあ。あれほど眉目《びもく》秀麗《しゅうれい》だった伴大次郎が、今はまるで鬼の面と言ってもよい。」
「山から帰って来られて初めて見たとき、おれは、化物ではないかと思ったぞ。」
「声が高いぞ。それが伴先生のお耳へ入ったら、貴様の首は胴へつながっておるまい。」
「いや、化物にしろ何にしろ、あの千浪さまを妻にして、これだけの道場を承け継いで見れば、決して悪い気持ちはすまい。」
「ところが、そのお嬢様と先生との間が、うまくいっておらぬのだ。」
「それはまた、どういうわけで――。」
「顔がああなってからの、先生のひがみだろうと思うのだが、かようになった大次郎を、そなたはまだ大切に思うか、慕っ
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