ころの紋、背恰好も肉付きも完全に同じだし、頭巾のなかから覗いている眼も、この真剣に、同じように赤く血走っている。
が、自分が階下へ下りる時、祖父江出羽は壁際によろめいていたのだから、今もその壁際にいるのが出羽であろうと、佐吉は脇差を閃めかして、室内へ踏み込むと――。
それと見た出羽守、声を励まして、
「おお、来たか。こいつをここに追いつめておる。お前は横から廻って、二人で斬り伏せよう。」
紛らわしいのを幸い、こう佐吉をごまかして、味方に引き入れようとする。その声も伴大次郎にそっくりなので、佐吉はそう思い込んで、出羽と並んで大次へ斬尖を向けたが。
その時、その出羽だとばかり思っていた、部屋の隅の白覆面が、
「煩!」
と叫んだ。
はっと気のついた佐吉、
「悩!」
と答えるより早く、振りかぶった刀をそのまま、さっと横手に、並んで立っている出羽守の肩先へ斬り下ろしたから堪らない。
「ぼん!」と「のう!」とは妙な掛け声があったものだと、ちょっと不思議に思っていた出羽守、つまりそこに隙があったと言うのだろう。おまけに味方に引き入れたとばかり信じていた人間が、相手へ向けようとした刀で、いきなり、こっちを払ったのだから――肩先を押えた出羽守、あっと横へすっ飛んで、
「な、何をする。おれは大次郎だぞ。出羽はこいつだ!」
その押えた肩から、花のような赤い血が、白絹の紋付きをさっと染めて。
まんじ乱れ
合言葉でわかってはいるものの、佐吉は瞬間、ほんとにこっちが大次郎で、向うが出羽、自分は早合点から盟友を傷つけたのではなかったかと、彼ははっとした。
が、とたんに 大次郎が、その女髪兼安を振りかぶって、出羽守へ迫った。
が、受け流した出羽、斬り返したその一刀は、見事外されて、踏み応えようとしていた大次の肩をかする。大次郎の肩にも、ぱっと血が吹き出た。
どっちも右の肩をやられて、同じように血が出ている。それが左右に縦横に、飛びちがえての乱戦なので、こうなると佐吉、どれがどれだか、もうさっぱりわからず、したがって、刀をふるって斬りつけようにも、見当がつかない。
脇差を下げて、二人の廻りをうろうろするばかり。
こういう時こそ、例の合言葉と、
「煩!」
と呼ばると、
「悩!」
「悩!」
二人の弥四郎頭巾が、二人一緒に佐吉のほうを向いて大声に答える。
な
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