た向う側の二階の部屋から、障子を細目に開けた番頭の与助が、手鏡に陽をかざして、その照り返しを巧みに出羽守の眼へ当てたのだった。
たじろいで起ち上がった出羽の眼を追って、きらきらと丸い鏡の光が、壁を斜めに踊りながら、またもや出羽の眼を射抜く。
「あっ! まぶしくてかなわん。」
思わず独り言を洩らした出羽は、片腕を上げて眼を庇いながら、よろよろと二、三歩背後へ退った。
今だっ! と心に叫んだ文珠屋佐吉、いきなり走り寄ったかと思うと、その知覚を失っている千浪の身体を横抱きにかかえて、一目散に縁側へ駈け出すが早いか、廊下伝いに階下へ運んで行く。
千浪さえ奪ってしまえば、もう、この照り返し戦術の用はないと、高笑いを洩らした与助、障子の間から鏡を引っ込めると同時に、その中庭の向う側の戸を立て切った。
しつこく追って来る光線から開放された出羽守が、やっと手を放して見ると、千浪の姿はもう室内になく、面前には伴大次郎の女髪兼安が、ぴたり、微動もせずに突きつけられている。
「お眼は癒りましたかな。」
大次郎は笑って、
「ただ今斬りつけようと思えば、難なく一刀の許に、今ごろ殿は胴、首ところを異にしておりましたろう。だが、ああいう邪魔があっては、勝負が面白うない。このとおり刀を引いてお待ちしておりました。今はもう容赦はない。参りますぞ。」
静かな大次郎の声に、ぞっと冷たいものを感ずると同時に出羽守は、もはやこの血戦は免れないと感じたらしく、
「さ、来い!」
と大刀を構え直した。
その刹那に!
法外流の名誉、下谷の小鬼といわれた伴大次郎である。いきなり真向から女髪兼安を躍らせて、刀と身体が一つになって斬り込んで行く。
「うむ! これはできる!」
感心したように叫んだ出羽守は、ちゃりいん! 女髪兼安を横に受け流すが早いか、ひらり身をかわして――二人、今は場所を取り換えて、大次郎が今まで出羽のいた壁際に、そして、出羽は、いま大次の立っていた場所に、双方とも青眼に構えで動かない。
動かない。
動かない。
千浪を下へ抱き下ろして、若い者たちに手当てを命じておいた文珠屋佐吉は、すぐさまこの二階の「梅」へ駈け上がって来たが、部屋へはいろうとして、敷居際に立ち停った佐吉、びっくりしてしまった。
もうこうなると、どっちがどっちともわからないので。
同じ弥四郎頭巾、同じ白衣に賽
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