!」
と佐吉は、いきなり抜いて切りかかったが、道場の一同にとっては、いずれも同じ為体の知れぬ敵なので、皆一様に鞘を払った刹那、ずいと通って来た宗七は、
「おお、文珠屋。」
と佐吉に声を掛けたので、見向いた佐吉、
「や、お主は有森利七。」
「げっ! いんや、今じゃあ十手を預る宗七だ。」
「おう、恋慕流しの宗七。」
大次郎が、頭巾のなかからそう言った。二人からは彼は見えないが、大次からは佐吉も宗七も、そのまま眼に入るので。
じりじりしていた中之郷東馬が、二、三歩前へ踏み出すと同時に、北伝八郎が、突如、文珠屋佐吉に斬りつける。醜面の佐吉、その顔を歪めて、さっと横に払うと同秒、師範代の泉刑部は、大次郎とも知らず、その白覆面に向って青眼に構えて誰を誰とも知れない乱刃の光景。
止むを得ず大次郎も、腰の女髪兼安に、暮れ近い薄日を映えさせて、時ならぬ剣林、怒罵《どば》、踏み切る跫音、気合いの声、相打つ銀蛇《ぎんだ》、呼吸と、燃える眼と――。
あわてたのは承知の由公で、剣の下を木鼠のように走り廻り、
「親分、こうわけの解らねえ斬り合いも、めったにござんせんぜ。ここあ一つ早くどろん[#「どろん」に傍点]を決め込んだほうが、利巧のようで。さっきの甲賀流の霞飛びじゃあねえが、ふっと横へ消え込んで――。」
職掌柄、川俣伊予之進は、この容易ならぬ乱闘に眼をぱちくりさせているものの、どれがどれだか解らないから、手の付けようがなくて、まごまごしていると、かねがね煩悩小僧と動かぬ白眼《にらみ》をつけている文珠屋佐吉を、宗七、ここで一声かけるかと思いのほか、そこは共に大志を抱く友達のよしみ。
「おい、江上、ここでこの出羽守を仕止めようとしても、それは無理だ。向うには大勢二本差しがくっ付いている。ここはひとまずずらかったほうが――。」
と囁いたかと思うと、自分から先に立って、元来た入口のほうへ一目散!
「御用! おのれっ――!」
と何もないのに、さも何者かを追いかけるよう、いっさんに道場を駈け出した。
見越の松
この、いきなり御用の声と一緒に、恋慕流しこと深川やぐら下の岡っ引宗七が、やにわに外へ向かって駈け出したので、まず川俣伊予之進が、何事かと後につづく。
それを自分を逃がそうとの機智と知った佐吉、
「由公、来いっ!」
と、承知のを促して、あとに続く。
出羽とば
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