、青眼に構えていた。山路主計、伝八郎、東馬らに促されるように、大次郎も、一同とともに女髪兼安の鞘を払わざるを得なかったので。
 竹刀より知らぬ道場に、時ならぬ白刃の林が立ってこの一瞬間の無気味な静寂の後に来る乱闘の場面を思わせた瞬間、三度、廊下につづく道場の入口に人影が立って、
「御用っ!――と、まず、こう一つ脅かしておきやしょうかな。」
 声がした。やぐら下宗七と、川俣伊予之進である。御用! の声にぎょっとして振り向いた煩悩小僧の文珠屋佐吉と宗七、はったと眼が合って――。
 三つの煩悩を負う三人、計らずもここに落ち合った。

     空追い機転

 三つの煩悩を負う三人、はからずもここに落ち合った。
 七年前の七月七日に、笹くじを引いて三方に下山した伴大次郎、江上佐助、有森利七の田万里の三羽烏が、七年後のこの七月七日には、約束の三国ヶ嶽で大次郎と利七の恋慕流し宗七とが、顔を合わしたので――。
 煩悩小僧の文珠屋佐吉が、子分の承知の由公を連れて来たすぐその後から、出羽守に化けた大次郎とやくざ侍の一行、それをまた追っかけるように、
「御用っ――!」
 とばかりに飛び込んで来たのが櫓下の宗七と、川俣伊予之進の二人。
 何が何やら解らない気持――三すくみ。
 文珠屋佐吉は、この法外流道場を預っている師範代、泉刑部に、自分は、この家の千浪が為体の知れぬ白覆面の武士に伴われて行くのを見かけて、この承知の由公に後を尾けさせたが、うまく晦《ま》かれてしまったと話しているところへ、どやどやと踏み込んで来た荒らくれ武士がどなったには、祖父江出羽守がおしのびで、父と共に三国ヶ嶽の猿の湯へ行っていた娘はどうしたという。
 誰かは知らぬが、故法外先生の仇の、あの白覆面に化けすましたとだけ思っていた伴大次郎も、そこに居合わせた文珠屋佐吉も、この、
「祖父江出羽守の――。」
 と言った声に、ぎょっと声を呑んだ瞬間、そこへ櫓下宗七と与力の川俣が飛び込んで来たのだ。
「さては、きゃつめ、祖父江出羽守であったか。」
 と、大次も思わずびっくりすれば、あの、三国ヶ嶽のお花畑以来、妙に因縁のある弥四郎頭巾が、七年この方眼ざして来た出羽だったのかと、佐吉も胆をつぶすと同時に、見れば面前に、その白覆面白服の祖父江出羽守が突っ立っているので――それを大次郎とは知らぬ文珠屋佐吉、
「やいっ! うぬあ出羽だなっ
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