、心まで一変するものであろうか。」
「そういうこともあるであろう。なにしろ、この自分というものが、すっかり変ったような気がするに相違ないだろうからな。」
「恐ろしいことだ。」
わいわい話し合っているところへ、遠く玄関のほうに当って、人の訪れる声がする。
立って行った弟子の一人が、すぐ引っ返して来たかと思うと、背後に、荒い滝縞の重ねに一本ぶっ差して、ぞっとするほど恐ろしい大柄な顔をした男と、鼠のような小さな男とが、そのまま案内役にくっ付いて、どんどん道場まではいり込んで来ていた。
見咎めた泉刑部が、立って来て、
「何だその方たちは何だ。何故取り次ぎを待たずに――。」
「伴大次郎さんにお目にかかりてえのですが。」
「大次郎先生は、もはやここにはおられぬ。」
「そんならあんた方に申し上げてもよいが、こちらのお嬢さんが、誰とも知れねえ白覆面にかどわかされて――。」
承知の由公も、そばから口を入れて、
「へえ、あっしが後を尾けたんですが、本銀町の角で、ふっと横町へ外れたなり――。」
そう言っている時である。道場の入口にいた弟子たちが、驚きの大声を揚げたかと思うと、大次郎――とはしれない、弥四郎頭巾の武士を先頭に、中之郷東馬、北伝八郎、山路主計、川島与七郎等の一行が、どしどし踏み込んで来た。
「や! 何者?」
と、叫んだ泉刑部らの前に、北伝八郎が大声をぶつけて、
「祖父江出羽守の御微行《おしのび》だ。父とともに三国ヶ嶽の下の猿の湯へ行っておった娘は、どうした? どこにおる?」
この、祖父江出羽守という言葉は、雷のように伴大次郎と、文珠屋佐吉の耳を打ったのだった。
大次郎は、はいって来るとすぐ、文珠屋佐吉の顔に気がついて、先日、あの山腹のお花畠のわき道で、千浪を中に逢った時は、葛籠笠《つづらがさ》に隠れて相手の顔は見えず――今七年振りに初めて見る江上佐助である。どうして彼がここに? と思う間もなく、今背後から伝八郎が、祖父江出羽守の一行だと呼ばわった声に、彼は、はっと胸を衝かれていた。
祖父江出羽守? すると、あの、自分と同じ弥四郎頭巾は――。
これより早く、文珠屋佐吉は、腰の脇差を抜いていた。
「待て!」
大次郎が呼ばわったが、それはすでに遅かった。先に来た文珠屋佐吉主従を、この続いて後に来た武士の一団の先ぶれと思ったらしい泉刑部は、すぐ竹刀を真剣に代えて
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