か。それじゃあ一っ走り報せに行って、引き取ってもらうなり、とっくり相談してみたら――。」
「うん。大次郎の旦那も、どんなにかお喜びなさるに違えねえ。じゃ、そういうことにしよう。」
 宗七が自分の服装《なり》を見下ろして、
「おう、これじゃアあんまりだから、小ざっぱりした着物《もの》とあっちの帯を出してくんねえ。」
「あいよ。」
 とお多喜は、押入れへ首を突っ込んで、
「だけど、どうしてこんな可哀そうなことになったんだろうねえ。あたしゃ見ていて、いっそ泪が出てしようがないよ。」
「何か深え事情《わけ》があるらしいが、なにしろ、こっちの言うこたあ通ぜず、おまけに口をきかねえんだから、始末におえねえ。」
 が、小信が出羽に伴れ去られたことだけは知っている宗七、なにかこれは出羽守の暴状と関係《つながり》があるらしい、早くも察していっそう暗い気もちになりながら、一|本独鈷《ぽんどっこ》の博多の帯を廻しまわし、足を踏みかえて締めている最中――。
 がらっ!
 入口の格子が開いて、
「宗七、いるか。」
 低い、しゃ嗄れ声が土間に。

     ぼんのう小僧噂の聞書

「お、川俣《かわまた》の旦那――。」
 と宗七は、たちまちもとの、人に対する時のへらへらした芸人口調に返って、
「ようこそお越しを、へへへへへ。」
 ぴょこりと頭を低《さ》げて、上り口にすわった。
 かれ宗七は、いわば二重人格なので。女たらしのほか能のない恋慕流しの宗七と、捕親として十手を閃めかし、繩を捌く時の彼と。
 後のかれは、めったに見せたことがない。
 普段はいつも、このから[#「から」に傍点]だらしのない、頼りにならない女殺し宗七――慣い性というとおり、もうこのほうがほんとうの彼なのかもしれない。三国ヶ嶽の頂上で、伴大次郎を涙の出るほど失望させたのも、このかれの半面――恋慕流しの宗七だった。
 八丁堀の与力川俣伊予之進は、こういう宗七を知っているかして、その浮わついた態度も別に気に留まらない様子。
 短い羽織の下から刀のこじりを覗かせたまま、その羽織の裾を習慣的にぽんと叩き撥ねて、あがり框に腰を下ろした。
 三十一、二。浅黒い顔の、いかにも不浄役人と言った、眼のぎょろりとして鼻の鋭い侍だ。
「ようこそじゃあねえぜ。」と伊予之進は伝法《でんぽう》に砕けた調子で、「久しく他行《たぎょう》だったじゃあねえか。」

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