物|覚書《おぼえがき》」という題で遺っている、大福帳のような体裁の、半紙を長く二つ折りにした横綴じの写本である。筆者は不明だが、釘抜藤吉の事件帖である。その筆初め「の[#「の」に傍点]の字の刀痕のこと」の項に、親分藤吉の人物と名声をこう説明してあるのだ。それは以前、藤吉第一話のなかに書いたことだが、いまこうして、もう一度くり返しておくことも、あながち無駄ではあるまい。
 大声を上げて飛び込んで来たのは、町火消しに[#「に」に傍点]組の頭常吉だった。
 竹片を突き刺して、火の通りをよくしていた勘弁勘次は、その竹を焚火のなかへ投げすてて、びっくり、腰を伸ばした。
「なんでえ。でっけえ声をしやがって――おお頭じゃあねえか。てえへん[#「てえへん」に傍点]とは大いに変ると書く。めったに大変などと言うめえぞ。勘弁ならねえ。」
「勘さんか、」とに[#「に」に傍点]組は肩で呼吸《いき》をして、「や、偉《えれ》えことになった。大鍋《だいなべ》のお美野さんがお前――。」
 言いかけたとき、立てつけの悪い藤吉方の格子戸を内部《なか》からがたぴし開けて、なんともいいようのない不思議な、眠そうな声が、水を撒く
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