ている八丁堀合点小路の奥の一棟――そのころ八丁堀合点長屋の釘抜藤吉といえば、広い八百八町にも二人と肩を並べる者のない凄腕の目明しであった。さる御家人の次男坊と生れた彼は、お定まりどおり、放蕩に身を持ち崩したあげくの果てが、七世までの勘当となり、しばらく草鞋を穿いて雲水の托鉢僧《たくはつそう》と洒落のめし日本全国津々浦々を放浪していたが、やがてお江戸《ひざもと》へ舞い戻って気負いの群からあたまを擡《もた》げ、今では押しも押されもしない十手捕繩の大親分――朱総《しゅぶさ》仲間の日の下|開山《かいざん》とまでなっているのであった。脚が釘抜のように曲がっているところから、釘抜藤吉という異名を取っていたが、じっさいその顔のどこかに釘抜のような正確な、執拗な力強さが現れていた。小柄な、貧弱な体格の所有主であったが、腕にだけ不思議な金剛力があって、柱の釘をぐい[#「ぐい」に傍点]と引いて抜くという江戸中一般の取り沙汰であった。これが、彼を釘抜と呼ばしめた真個《ほんとう》の原因であったかもしれないが、本人の藤吉は、その名をひそかに誇りにしているらしく、身内の者どもは、藤吉の鳩尾《みぞおち》に松葉のよう
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