ある。
 初太郎と宇之吉は、首吊をそのままに、申し合わせたように縁の欄干《てすり》へ駈け寄って下を覗いた。階下と同じ場所の雨戸が一枚繰られてあるほか、つい今し方までそこに垂れ下っていたお美野の死体は、二人が駈け上って来る間に、何者かの手によってこうした室内の中央《まんなか》に引き上げられて、下に見えるものは、初太郎の部屋から、開いている雨戸一枚の幅に黄色く流れ出て庭上《にわ》に倒れている行燈の焔影だけである。何ごともなかったように、夜は深沈と朝への歩みをつづけるばかり――。
 検《あらた》めるまでもなく、お美野は扼死《やくし》している。あるいは絞殺されている。どっちにしろ、死体がひとりでに宙に浮いて、綱を引いて上って来ることは考えられない。お美野のからだは、宇之吉と初太郎が階段を飛び渡って走る短時間――ほんの秒刻のあいだに、急ぎ誰かが室内へ引っ張り上げたものに相違ないが――すると、その人間はどこへ行ったか?
 階下で宙に垂れ下っている死体を見て、それから階段を一足踏びに上って来る時、この部屋を開けて出る物音もせず、長い廊下に人っ子ひとりいなかった一事は、初太郎も宇之吉も、太鼓のような判
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