首吊は見るみる競り上るように、のし上るように、軒の下をまっすぐ棒のように揺れ昇って往く。丹前の裾から覗いている足は、素足だった。はだしの足が、二つ並んでぶらぶらして、それが雨戸に当ってああして音を立てたのだった。
 呆然と見守っていた初太郎は、気がつくと同時に廊下へ駈け出して、向側の部屋へ跳び込んでいた。寝る前に風呂場でちょっと顔が合っただけの、全然識らない人だったが、そんなことは言っていられなかった。突っ走るような初太郎の声で、四十余りのでっぷりした男が、すぐ蒲団を蹴って起きて来た。これは仙台様へ人足を入れている堺屋小三郎の小頭《こがしら》で宇之吉という、しじゅう国許と江戸表とを往復している鳶の者だった。初太郎が呆気にとられている宇之吉を、無言で自分の部屋へ引っ張って来て、雨戸の外に吊り上って行く首吊を見せると、宇之吉も、顔いろを変えた。
「お! これはお女将さんじゃあねえか。どうしたというんですい。」
「どうもこうも――、」初太郎は、口がきけなかった。「ふっと眼が覚めたら、あれが――あんなものがぶら下ってるんで。」
「はてな、なんにしても大変事だが、自分で縊れ死んだものなら首吊が競
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