大きく拡がって、揺れた。
 老いた人々の、痩脛《やせずね》も、肋骨《あばら》も、露わにしての抗争《あらそい》は、見ている藤吉に、地獄――という言葉を想わせた。
「惣平! 出せ! 出して、願うんだ。」
 思わず出た、藤吉の声だった。

      六

 偶然ではあろう。竜手様という、竜の手が、海蛇の乾物か、とにかく、伝説的な品ものを手に入れて、それに、いたずら半分の試しごころから、百両の金を祈った翌日、ちょっとした自分の不注意で、庄太郎があんなことになったのは、つまり、そういう巡り合わせだったのだろう。
 その逸見家の香奠が、百両だったばっかりに、ちょうど、この願いが届くために、百両のかたに庄太郎の生命を奪られたようなことになって、そこに、言いようのない怪異が生じるものの、所詮は、偶然――すべてが、再び、そういう廻りあわせだったのだ、と、藤吉は、信じたかった。
 不可思議――どうしても、人間の力で説明がつかないなどということは、この人間の世の中に、あり得ない。
 一見、まことに不可思議な事件であっても、それはみな、一言の下に明かにすることができる――「偶然事」という簡単な言語で。
 否
前へ 次へ
全33ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング