「父《ちゃん》は、今日は、暇かえ。」
「ひまでもねえが、この二、三日、お石舟のお触れもねえから、揚げ石もあるめえと思うのだよ。」
「まあ、石場で、日向ぼっこでもしていなせえ。晩、帰りに、安房屋《あわや》の煮豆でもぶら提げて来らあ。」
 思い出して、おこうが言った。
「ゆうべのように風の強い晩などは、なんでもないようでも、やっぱり、心持ちがどうかしているとみえるねえ。馬鹿らしいことを、ちょっと真に受けたりして――。」
 惣平次が、訊いた。
「何だ。」
「竜の手さ。竜手さま、とか――。」
「あはははは、おらあ、すっかり忘れていた。」茶箪笥を振り返って、「百両、百両――。」
「そうだ。」庄太郎も、半分戸ぐちを出ながら、「昨夜《よんべ》の百両は、まだ授からねえじゃねえか。今にも、ばらばらっ! と、こう、天から降って来るかもしれねえぜ。」
 妻と息子と、二人にひやかされて、惣平次は、人のよさそうな微笑《わらい》を笑った。
「だが、この天気だ、久住さんも、およろこびで早発足《はやだち》なすったろう――百両か。なあに、おらあその内に、ひょっこり浮いて出ると思ってる。なるほどというような廻り合わせ
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