、よく御無事でおっとめなすって――。」
母親のことばを、庄太は、そばから奪うように、
「おいらも、琉球へ行ってみてえな。ぶらっと見物して来るんだ。」
「話に聞けば、面白い土地のように思われるかもしれんが、なに、江戸に勝るところはござらぬよ。」
久住は、さかずきを置いて、にわかに酒が苦くなったように、ちょっと眉を寄せた。
何か思い出して、惣平次が、膝を進めた。
「お? そう言えば、いつかちょっとお話しなすった竜の手――竜手様《りんじゅさま》とか、あれはいったいどういうことでござります。」
「竜の手、か。いや、何でもござらぬ。」
顔の前で手を振って、炉のけむりを避けながら、
「何でもござらぬ。」
繰り返した。
おこうが、好奇気《ものずき》に、
「竜の手――? 何でございます。」
「まあ、いわば手品――手品でもないが、切支丹《きりしたん》の魔術とでも呼ぶべきものでござろうな。しかし、切支丹ではない。」
聞手の三人は、乗り出して、久住の顔を見た。黙って、久住は、杯を取り上げた。空《から》なのを気がつかずに、口へ持って行って、また、黙って下へ置いた。
惣平次が、銚子を取り上げて、満たした。
「見たところは――。」
と、言って、久住は、ふところへ手を入れた。
「ただの、細長い、魚の鰭《ひれ》のようなものでな、ま、こんな、こちこちの乾物《ひもの》じゃ。」
何か取り出して、親子の眼の前へさし出した。おこうは、ぎょっとして、気味悪そうに反ったが、庄太郎が受け取って、掌の上で転がして凝視《みつ》めた。
「これがその竜の手――竜手さまですかい。」
惣平次が、息子の手から取って、
「何の変哲もねえように見えるが、どういうんでございますね。」
とみこうみして、火から遠い畳の上へ、置いた。
久住の、すこし嗄《か》れた太い声が、言っていた。
「琉球《あちら》の、古い昔の聖人《ひじり》の息が、この竜の手にかかっておりますんじゃ。先ざきのことまで、ずん[#「ずん」に傍点]と見通しのきく、世にも偉い御仁であったと申す。そのお方は、人の生命を司る運命《さだめ》と、宿縁をないがしろにする者のかなしみとを、後代のものに示さんとおぼし召されて、これなる竜の手をお遺しなされた。三人の別べつの人間が、それぞれ三つの願望を祈って、それを、この竜手様が即座にかなえて下さるようになっておる。」
久住の様子が、いかにも真面目なので、三人は、笑えなかった。
口のまわりを硬張らせて、くすぐったそうな表情をした。
真剣を装って、庄太郎が訊いた。
「竜の手って、ほんとに、あの、竜の手なんですかい。」
「さよう。竜手様は、竜の手でござる。」
「竜に、手があるかなあ――。」
久住は、答えなかった。
庄太郎は、露骨に、冷笑《ひや》かすような口調を帯びて、
「一人につき三つだけ、何でも願いごとをかなえて下さる。ふん、どうです。旦那は、何か三つ、お願いにならねえんですかい。」
三
たしなめるような眼で、庄太郎を見据えた久住は、
「いかにもわしは、わしの分を、三つだけお願い申した――そして、かなえられました。」
重々しく答えて、白い額部《ひたい》になった。
「ほんとに、三つお願いになって、三つとも、聞き入れられたのでござりますか。」
「さよう。」
「ほかに誰か、願った人は――。」
「拙者の以前《まえ》に持っておった者が、やはり三つの願をかけて、それも三つとも応《かな》ったとか聞き及んでおるが――。」
風が、渡って、沈黙のあいだをつないだ。大川の水音が、壁のすぐ向うに、聞えていた。
「ふうむ。」惣平次は腕を組んで、「三つしか願えぬなら、旦那には、もう用のない品でござりますな。いかがでございましょう。わたくしめに、お譲り下さりませんでしょうか。」
久住は、その、不思議な形をした、牛蒡《ごぼう》とも見える、魚の乾物のようなものを、しばらく、指で挾んでぶら下げて、何かしきりに考えていたが、いきなり、ぽいと、火の中へ抛《ほう》り込んで、
「焼いたがいい。」
あわてた惣平次が、
「お捨てになるなら、いただいておきましょう。」
手で、素早く掴んで、じぶんの膝へ投げ取ると、久住は、じっと深い眼をして、その惣平次と竜手様を見較べながら、
「わしは、もういらぬ。が、あんたも、お取りなさらぬがいい。悪いことは、言わぬ。お焼きなされ。」
「願いごとをするには、どうすればよろしいので――。」
惣平次が、訊いた。
「竜手様を、右手に、高く捧げて、大声に願を唱《とな》えるのじゃ――が、言うておきますぞ。どんなことがあっても、拙者は、知らん。」
もう一度、調べるように、手の竜手様を眺めている惣平次へ、久住は、つづけて、
「願うなら、何か尋常な、分相応《ぶんそうおう》
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