隊の小頭格だ。からだが明《あ》くと、休養かたがた江戸見物に呼ばれて来て、何カ月もぶらぶらしている。そうかと思うと、ふっと、帰国《かえ》されて、また焼津の浜から船へ乗り込んで、どこへとも知らず錨を上げる。
 海で育った惣平次とは、話が合うのだった。
 今度は、わりに長く江戸にとどまっていて、神田|筋違御門《すじかいごもん》ぎわの修理太夫の下屋敷から、こうして三日に上げず、この惣平次の番所へ遊びに来るのである。
 いつも親子三人を前に、いろいろ話しこんで行く。海の冒険談、そういったものが主で、江戸育ちの庄太郎には、珍しかった。
 それが、急に、もうじき豊後へ帰郷《かえ》ることになったというので、庄太郎は、名残り惜しそうに、
「また海へお出になるのでございましょうね。このたびは、どちらへ? 唐天竺《からてんじく》でございますか。それとも、南蛮《なんばん》とやら――。」
「いや、」久住は、首を傾げて、「南蛮まで伸《の》すことはござらぬが、しかし、それもわからぬ。どこへ参るのやら、船出した後までも、われわれ下役には、御沙汰のないのが常でな、とんと見当がつき申さぬよ。」
 木の瘤《こぶ》のような肩と、油気のない髪をゆすぶって、いつまでも哄笑がひびいた。
 潮焼けしたとでもいうのか、恐ろしい赤毛である。身長《せい》が高くて、板のような胸だ。そして、茶色の顔に、眼がまた、不思議に赤い。交際《つきあ》っていて、見慣れているから、惣平次一家の者は平気だが、誰でもはじめて会う人をちょっとぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とさせる、うす気味のわるい人間だった。が、気は、至極いい。穏和《おとな》しいのである。
 風が、いきおいを増した。
 おこうが、あり合わせの物に、燗をつけて出すと、久住は、惣平次と酒盃《さかずき》をかわしながら、その、風のうなりに耳を傾けて、暗夜の海上――帆音を思い出すような眼つきをした。
 例によって座談《はなし》が弾んで、久住の口から、遠い国々の港みなとの風景、荒くれた男たち、略奪、疫病、変った人々の生活ぶり、などが物語られる。
 尽きない。
「なにしろ、二十年も、焼津船にお乗りになっていなさるのだからな。」惣平次が、おこうをかえり見た。
「はじめてお舟蔵へ上られたころから、存じあげているのだが、いまの庄公より年下の二十歳の少年《こども》衆だったよ。」
「まあ、それにしても
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