で、手に入るんだ。それに違えねえ。」
 と、また、竜手様へ視線を向けると、庄太郎は、
「ははははは、そのことよ。気長に待ちねえ。じゃ、行って来るぜ。」
 踊るように弾む若いからだが、石場を通り抜けて、一つ目橋の袂から、往来へ出て行った。
 おこうは食事のあと片付け、それから、家の中のこまごました女の仕事に、取りかかる。ひとまわりお石場を掃いて来て、惣平次は、陽の射し込む土間に足を投げ出して、手網の繕《つくろ》いだ。
 白昼《まひる》の一刻一ときが、寂然《しいん》と沈んで、経ってゆく。
 もうあの、竜手様のことなど、老夫婦のあたまのどこにもなかった。
 庄太郎は、弁当を持って行って、午飯《ひる》には帰らない。
 正午だ。惣平次とおこうが、さし向かいで、茶漬けを流し込む。
 食休みに、雑談になって、おこうが、
「お前さんどう考えているか知らないけれど、庄太郎に、もうそろそろねえ――。」
「嫁の心配かえ。」
「早すぎるってことはありませんよ。心掛けておかなければ、ほかのことと違って、こればかりは、急に、おいそれとは、ねえ。」
「そうだ――しかし、早えもんだなあ。昨日|蜻蛉《とんぼ》を釣っていたように思う庄公が、もう嫁のなんのと、そのうちに初孫だ。婆さん、めでてえが、おれたちも、年齢を取ったなあ。」
「ほんとにねえ。それにつけても、庄太郎は働き者だけに、いっそう早く身を固めてやったほうがよくはないかと、わたしゃ思いますよ――おや! なんでしょう?」
 突然、石場を飛んで来る二、三人の乱れた跫音が、耳を打った。
 ふり向く間もなかった。
 開け放しの土間ぐちを、人影が埋めて、走りつづけて来たらしく、迫った呼吸が、家じゅうにひびいた。
 庄太郎の親方の、瓦長、瓦師長五郎と、二、三人の弟子だ。うしろから、用人らしい老人の侍が割り込んで来ようとしていた。
 呑みかけの茶碗をほうり出して、惣平次は、突っ立った。おこうも、上り框《がまち》へいざり出て、
「何でござります、何事が起りました。」
 長五郎は、鉢巻を脱って、ぐいと額の汗を拭いながら、やっと、声を調《ととの》えた。
「何とも、誰の粗相《そそう》でもねえんで――運でごわす。」
 惣平次夫婦は、唾を飲んで、奇妙に無関心に、黙っていた。
 弟子の一人が、興奮した声だ。
「おらあ見ていたんだが、足が辷って、真っ逆さまに落ちたもんだ。下
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