湧いて、すぐに消えた。藤吉は、再び不機嫌な表情《いろ》に返って、周囲の人の顔から顔へと、無意味に見える視線を、しきりに走らせていた。
出が近づいて、紋之助とおこよは、人形を取り出して、あやつり舞台の上に、並べている。狂言は、芹生《せりふ》の里寺子屋の段、源蔵、戸浪、菅秀才、村の子供たち、その親多勢、玄蕃《げんば》、松王――多くの、いずれも精巧を極めた人形である。
人形の関節、胴、首など、要所要所に糸がついていた、紋之助が、神に近い至芸《しげい》で、上から糸を操る――正に天下一の竹久紋之助の人形だ。
「竹久紋之助といえる名人あり。人形|活《いけ》るがごとくに遣い、この太夫に、三味線はこよ女、いずれも古今に名誉の人、二人立揃いてつとめられし世に双絶の見物と、称誉せられしはこれなり。人形使い方のことは、その旧《もと》三議一統の書より起り、陰陽自然の事に帰す。深長に至りては、草紙のうえの沙汰に及ばずといえども、その大概を和歌につづりて、覚え易からしむること左の如し。
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踏み出しは、男ひだりに女右、これ陰陽の差別なりけり
当惑は額を撫でて屈み目に、身をそむけるが定まりし
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